
【予習・復習 シネマ談義】門間雄介さんトークイベント
先日開催した『テレビの中に入りたい』試写会上映後に行われたトークショーに、映画ライターの門間雄介さんが登壇しました。トークの模様をお届けいたします!
■テーマは「居場所」と「本当の人生」
門間さんは、本作の中心にあるテーマを「居場所」だと指摘します。
「主人公オーウェンは、自分の居場所をなかなか見つけられない人物です。その過程でマディに出会って、ふたりでテレビシリーズ「ピンク・オペーク」に夢中になることで一時的に救われるけれど、本当にここが自分の居場所なのかと葛藤し続けていきます」
また、物語が進むにつれて「居場所」というテーマが、「あなたは自分の本当の人生を生きているのか」という問いに発展していくといいます。
「オーウェンはあのようにどんどん老いていきますが、家族も持って、一見彼は“手に入れた人”のように見えるんだけど、結局は、本当の自分の人生を生きられなかったと気づく。そこがいろんな人にすごい響くテーマなんだと思います。ひょっとしたら、ある程度年齢を重ねた人のほうが、オーウェンを自分自身に投影して、切実なものとして理解できるんじゃないかと思います」
■デヴィッド・リンチ的な「夢のロジック」
寄稿コメントにて、デヴィッド・リンチの「ツイン・ピークス」を想起させる作品だと言及していた門間さん。テレビシリーズが重要なモチーフとなる本作と近いものを感じていたと言います。観客の間で話題となっている「デヴィッド・リンチ的」な要素について、門間さんは次のように解説しました。
「この映画は、いわゆる現実に起きた出来事なんだ、というアプローチでは理解しきれない作品で、この映画を動かしているロジックやシステムは、現実世界とは全然違うものなんだと思います。都合のいいことが突然起きたり、予想外のことが突然起きたり。むしろ夢や悪夢に近いロジックで進んでいく。そういったところにデヴィッド・リンチを感じました」
■音楽との深い結びつき
さらに、門間さんは本作を「音楽的な映画」と表現。特に、スマッシング・パンプキンズの楽曲「Tonight, Tonight」 との関係性について触れました。
「あきらかにインスパイア源になっていると思わされる部分がすごく多いですね。テレビ番組「ピンク・オペーク」の黒幕であるミスター憂鬱は、MVに出てくるお月様にそっくりだし、楽曲が収録されているアルバムのタイトルは「Mellon Collie and the Infinite Sadness」で、これははっきりと作品のテーマとして提示されています。それから、楽曲の歌詞を読むと、この映そのものを歌っているように思える。曲中に登場する“あなた”に対して、私を信じろとか、人生は変えられるんだとか、こんなところにとどまっているべきではないとか、そして、今夜不可能が可能になるんだ、ということを歌っているんです。監督が明確にインスパイアされたのではないかと感じました」
劇中でも同曲のカバーが使用されていますが、映像表現や物語のモチーフと深く結びついていると指摘しました。
■「マディ」は実在したのか?
イベントの終盤では、観客からも関心が高い「マディは実在したのか?」という問いについて、自身の解釈を明かしました。
「すごく不思議な、謎めいた存在ですよね。実在したかどうかは、明確には言えない気がします。ひとつの解釈としてお話すると、マディがはじめに失踪した直後、裏庭でテレビが燃えて、同時に「ピンク・オペーク」が終了しますが、つまりマディが向こうの世界に行ってしまったということだと思っています。現実からすべて持って行ってしまった。マディがもう一度姿を見せた時に、終わったはずの「ピンク・オペーク」が再スタートしているのは、彼女自身が番組と同一化してしまった…という見方もできるのかなと思います」
ただし、これが正解というわけではないと強調される門間さん。「この作品は幻想的で、ロマンティックだけど、ちょっとオカルト的な部分もある。そこに迷い込むことを意図して作られていると思います。この映画に明確な答えはありません。理解できないことは、自分のものさしとは違う価値観に触れた証拠であって、何か新しいものがそこから広がっていくということ。わからなさを大切にしてほしいと思います」
■エッグクラック
トークショーでは、本作が描く「エッグクラック」という概念にも触れられました。
「エッグクラック」とは、自分のアイデンティティが出生時に割り当てられた性別とは異なることに気づく瞬間を指します。監督自身がノンバイナリーである経験も、このテーマに色濃く反映されています。
門間さんは「この映画はエッグクラックについての映画」と解説。主人公オーウェンが、自分の性や好み、社会的立場に対する葛藤を抱えながら自己認識していく過程が描かれており、ラストシーンの演出もこのテーマに根ざしていると語りました。
「オーウェンとマディの会話の中で、マディが「私 女子が好き」と明かす瞬間があります。そのあと、オーウェンはそういうことを考えると、「体の中を全部掘り出される気がする」と答える。彼がずっと抱えていた恐怖感というのが表れていると思います。要するにオーウェンのアイデンティティというのが、お腹から出てきた“テレビ”だったのかなと。自分がどうやって生きたいのか決めきれていない状態を、結局彼はあの年齢に至るまでずっと持ち続けてしまったということなのかなと思います」
■最後に
締めくくりに、「私が話したことが正解ではありません。自分が観たこと、感じたことを信じてください。そして引っかかることがあったら、それについて深堀りしていく。それがもう一度観るという行為に繋がるかもしれませんし、考えることによって、映画や自分自身への理解、そして感受性が広がっていくと思います」と呼び掛けてトークショーは幕を下ろしました。