【予習・復習 シネマ談義】大島依提亜さん×雪下まゆさんトークイベント
先日開催した『テレビの中に入りたい』公開記念トークイベント付き上映第3回に、グラフィックデザイナーの大島依提亜さん、作家の雪下まゆさんが登壇しました。トークの模様をお届けいたします!
🔳映画との出会いと第一印象
大島さん「僕、最初に観た時かなり衝撃でした。昔から青春映画が好きなんですが、昔は登場人物と自分が同年代だったのに、だんだん自分だけ年をとっていくじゃないですか。今回初めて『もう自分の話じゃないんだ』と突きつけられた感覚がありました。そう高をくくっていたところに、物語もどんどん時間が進んでいって、最後は僕に追いついてくる。それがやっぱり衝撃で、最後はほんとに呆然としました」
雪下さん「私はオーウェンにすごく自分を投影して観ていました。子どもの頃、まわりができることが全然できなくて、ずっと疎外感があって。大人になるにつれて周囲に擬態する術を覚えて社会に埋没することで、過去の痛みや疎外感を見ないようにしてきたけれど、そうしてるうちに自分の本質がわからなくなっていったんです。好きなこととか、アイデンティティを見失った。だからオーウェンの“自分のコアを見つめる”ラストに、呆然としたけど、希望も見えたんです。『あ、時間はまだあるんだ』と」
大島さん「青春映画って、登場人物が若いから、映画が終わったあとの人生があるじゃないですか。死ななければ先がある。そういう余白をきっちり描いてくれていますよね」
雪下さん「そうですね。しかも、100%ポジティブな感じには終わらないリアルさがよかったです」
🔳日本版ポスター制作の裏側
大島さん「海外版ポスターは『ポルターガイスト』っぽい80年代ホラー風なんですが、それだけじゃこの映画の魅力は伝わらないと思って。メインビジュアルがありつつ、それとは別に、作品のもうひとつの顔、中身を提示するような日本版ポスターを作ったほうがいいと思いました。実は最初に試写を観ているときから、雪下さんがピッタリだと思っていて。写実的なんだけど、独特なムードを持った絵がこの作品にバッチリはまるなと」
雪下さん「最初にお話をいただいた時、あらすじとトレーラーを見て、すぐに『描きたい!』と思いました。空気感とか色づかいに惹かれて。ちょっとデイヴィッド・リンチっぽさも感じたんですよ。“夢の中の現実感”といいますか」
大島さん「そうそう! この作品の“ムード”をちゃんと掴んでくれて、本当に嬉しかったです」
雪下さん「描くときは“テレビ番組の中の世界”と“オーウェンたちの現実世界”が重なる感じを意識しました。二重構造の映画なので、ポスターでもレイヤー感が表現できたらいいなと思って、構図を決めましたね」
大島さん「90年代が舞台の作品だから、90年代っぽさも感じるイラストなんですけど、同時に現代性も出してくれた。それが最高でしたし、すごい嬉しかったですね」
🔳お気に入りシーンと“リンチらしさ”
大島さん「僕、特に刺さったのがバーのシーン。久々にマディが登場して、音楽バーに入って、ふたりで会話をする。そのバックメロウな曲が流れる。あそこがめちゃくちゃデイヴィッド・リンチっぽくてめちゃくちゃよかった。『ブルーベルベット』とか」
雪下さん「主人公たちが話してるんだけど、背後のアーティストに焦点が当たる感じもリンチっぽいですよね」
大島さん「そう。あとは、ミスター・メランコリーとかアイスクリームマンとか、素敵な怪人がいっぱい出てくるじゃないですか。すごくチャーミング、だけど、おっかない。あのあたりは、監督の意図を超えて、映画自体が勝手に生命を持っちゃってる感じがある。“監督の預かり知らぬところで動き出す映画”っていう意味で、すごくリンチ的ですよね」
🔳クィア映画としての普遍性
大島さん「ハル・アシュビー監督の『チャンス』という映画を最近観返したんです。1979年の作品なんですけど、その主人公が、アセクシャルやアロマンティックっぽい設定なんですね、おそらく。でも当時はそういった認識がなかったと思います。昔から映画って“名前がつく前の多様性”を描いてきたと思うんですよ。いまは名前がついたことで理解が進んでいると思うけど、同時に枠を狭める面もある。この作品は、名指しせずに“開かれたかたちで多様性を描く”のがすばらしいですね」
雪下さん「名前があることで認知してくれる人も増えるけど、名前ができたからこそレッテルのようにもなりうるし、難しいですよね。私はこれまで、社会的にどう見られているか、どういった扱いを受けているか、という視点のクィア作品は観たことがあるんですけれど、この映画は内面から世界を見つめている映画ですよね。外から“こう見えている”じゃなくて、“中の人がこう感じている”という」
大島さん「ほんとうにそうですね。風刺的な“上から目線”じゃなく、ソファに座ったくらいの高さ。こんなに低い視点でつくられている作品はなかなかないですよ」
🔳「青い鳥」と誰にでもある“探す心”
大島さん「ふと思ったんだけど『青い鳥』の物語に近いんじゃないかなと。探してたものは外じゃなくて、内側にあった、っていう」
雪下さん「確かにそうですね。どんな性別でも世代でも、社会の規範に縛られて苦しむ部分ってありますよね。だからこそ、この映画はクィアに関して描いているんだけれど、そうでない人もちゃんと共感できる」
大島さん「そう!子どものころ、性的に未分化だったときの、友人との親密さとか。あとからふつうの友達の範囲だったのか、ちょっと考えたりすることもあるじゃないですか。実は誰の中にもあることだから、誰にでも刺さる映画なんですよ」
🔳最後に──映画の広がり
雪下さん「私、最初は呆然としてしまったけど、監督やキャストの皆さんのインタビューを読んでからもう一度観たら全然違って見えたんです。一度だけじゃ掴みきれないけど、何度も観ることで、自分の中で変化していく映画だと思います」
大島さん「僕もデザインをお任せいただけるもので“刺さる映画”って実は多いんですけど、この作品は特に刺さりました。『自分はあまり分からなかったけど、大島さんならハマると思う』と言ってくれた人がいて、そういう“誰かを思い浮かべる映画”って、すごく素敵だなと思います。今日観て、『よく分からなかったな』という方も、誰か好きになってくれそうな方がまわりにいたら『あなた、これ好きかもよ』とすすめてみてほしいです」